引きこもり不登校の僕が、弾き語りライブした話

人前で歌う経験をしたことってあります?

カラオケとかじゃなくて、練習して人前で演奏するってこと。

今回は、不登校で人前に演奏するなんて絶対に縁がなかった
弾き語りライブした話について話そう。

高橋優の日本武道館ライブに行って、変化

高橋優の日本武道館(武道館)ライブに見に行ったときの話。それで僕は変わる。

 

 

3(不登校君)の11月に、高橋優の初の武道館ライブを母親と一緒に見に行った。

徳島から、歩いて東京の武道館まで行った。ごめん、嘘。

 

バチバチの飛行機。
で、いよいよ武道館についた。

 

バンドTシャツやタオルなどグッズを買った。
ライブに行くと、ついつい皆、無意味にとっちゃうこのポーズはこちら↓

会場入場へのスゲー行列の中、母さんに並ぶのをバトンタッチして近くの公衆便所でさっき買ったばかりのバンドTシャツに着替えた。

 

トイレの匂いはプンプン臭かったけど、僕と同じことをしようとしている人たちでいっぱいになっていた。
冷静に考えると、みんなバッチイ。けど、どうしても着たかった。

 

行列に戻ると、辺り一面、人。人。人。
合計で500メートル先まで5列に並んだ人の数が武道館の入り口付近まで続いていた。
改めて武道館すげえ。

 

そして並んでいる周囲のすべての人間が高橋優の話題で持ちきりだ。

 

当たり前だけど、当時の僕にとってはそれがとても新鮮で、これが都会の力なのか・・なんてワクワクした気持ちで思っていた。

 

しかし、本音は「ぜーんぶ高橋優のファンなんやな。スゲエな!!フッフッフッ・・だがしかし!俺が1番のファンだけどな!」なんてアウチな妄想を本気でしながら並んでいた。

 

それまでに、高知と大阪のツアーにも3か月前に見に行った。

 

とまあ、なんでこんな僕が高橋優のライブを短期間に3回も行ったのかというと、“命を助けられたから”だ。なんじゃそりゃ?と疑問を抱くかもしれないけど、マジなんす。それくらい特別。

 

一種の宗教くらい信じてたと思う。
とにかく当時の苦しかった僕にとっては、高橋優の歌が生きる希望になっていた。

 

そんな超リスペクトな高橋優が、初武道館ライブを決定したわけだから、行くしかなかろうと鼻息をフンフンしながらチケットを死に物狂いで取った。

 

そして、いよいよ武道館で高橋優のライブが始まったんだけど、会場いっぱいの観客の熱量と高橋優率いるバンドメンバーの気合いの入れようでもう圧巻された。

 

 

多分、高橋優側も訳分かんないくらいの入念な準備と構成を練って練ってのいざ、本番だったんだろうと思う。

 

てことに最近気付いた。当時は、「ウゲー!なんじゃこりゃー!」としか言うことができなかった才能の塊だった。誰かツッコミ待ってるよ。

 

そんな楽しいライブもいよいよ終盤。

アンコール前のラストの曲で「同じ空の下」という曲が演奏された。

この曲は、僕が本当に苦しくて悩んでいたときに命を救われた曲だった。

 

前のライブでは、周りの目とかを気にしてしまって最高に感動とかはしなかった。

 

けど、もう東京だし、どうせ一生会わない人達ばっかだし?という感情と

「不登校になって、自分が何者なのか分からず、自分への価値は何か?理想と現実の差に悩み死にたくなって毎日泣いた日々から今!武道館に高橋優を見に来ている!」

 

っていうアツい感情が。
壁を乗り越えてきたんだなあと、涙が滝のように溢れていた。

 

明るかったら絶対恥ずかしくてできないけど、真っ暗だから、全く気にならなかった(笑)

 

曲中もうホント、ドン引きするレベルで泣いていた。
今振り返っても、ちょっとキモイなあ。

けど、音楽って人を救う力がある。状況によるけど。

 

でキモ泣きしてる最中にもう1つ無意識に新たな思いが生まれてた。
それは、“俺も高橋優の曲を絶対に弾けるようになってやる”という思い。

 

 

ここで、「俺はこの場所でミュージシャンになろうと決めましたねキリッ( ・´・`)とか言うとカッコいいっすね。

小さな夢でごペンなさい。けどね、この小さな夢が僕自身の人生を大きく変えることになっていくんすよ。

 

 

僕、ギター始めるってよ

僕、ギター始めるってよ

え?興味ない?
まあ、読み進めてみて、おもろいから。

 

 

帰ってくるなり、高橋優が使っているのと同じデザインのアコースティックギター(アコギ)を購入した。
こんなの買ったよ↓

届くとウッホーイとテンションMax(単純でよろしい。)

 

さて、こっからどうすりゃいいの?チンパンジーの僕は、目の前のことしか考えておらず、届いて2日でギターを触らなくなった。

(本当に我ながら、チンパンだと思う。いや、チンパンよりバカだ。)

 

 

しかし!絶好のタイミングで、僕の近所にアコギ専門店のお店がオープンする。
今思うと、タイミングが良すぎてちょっと怖い。

 

そのお店に興味本位で行ってみると、なんとギター教室をするとの張り紙が!高橋優ありがとう!←違う

 

ということで、店主が、1時間1000円でチンパンの僕の面倒を見てくれることに。

 

「まずは、基礎練習するんだろうな。うおーし!頑張るぞッ☆」と勝手に意気込んでいると

 

「自分が大好きな曲を3曲くらい選んできて」と言われた。


僕は頭の上に?を浮かべながら、高橋優の曲を
3曲を選んだ。

 

 

すると、「好きな曲を練習しながら自然に基礎を身に着けていくんだ。その方が楽しいだろ?」


と秀逸な練習方法を教えてくれた。なんでも、楽しくないと続かないからね。

 

そこから、週3ペースで教えてもらいながら、毎日5時間以上弾きながら歌っていた。
朝も昼も夜も。(ただの近所迷惑、ご近所の皆さんごめんなさい)

 

ギターの弦をおさえるのに、手がマメだらけに。

そのおかげもあり2か月程度で、コピーしたい曲はある程度弾けるようになった。
そしてハスキーボイスも勝手に手に入っていた。(歌い過ぎだろ・・)

 

ギターを教わって3か月が立った頃、店主さんに「今度弾き語りライブをやるんだ。出てみないか?」と誘われた。

 

本番は2週間後だ。「ヒエッ!」と思ったが、やってみたいかも・・ともひそかに思った。

 

返事は「考えておきます。」と言った。

 

理由は、1人で出る=戦場に1人パンツ一丁で行くのと同じ意味だったからだ。
(僕のメンタル的に)助っ人カモン!と(‘Д’)

 

そして、幼馴染でずっと一緒にギターを弾いていた子に相談すると快く
「えッ!それ出ようよ!!」と言われ、一緒に出ることにした。

 

出ると言った日から、本番が2週間切ってるわけだから、なんせ緊張した。

(やっぱうんて言うんじゃなかったあああああ!)と5千回くらい思った。
けど、あっという間に
223日の本番に。

 

 

弾き語りライブを1週間で2度も経験

弾き語りライブを1週間で2度も経験することになるの巻

 

では、本文に戻る。

 

家から車で5分くらいの「パパラギ」というコーヒーショップ兼喫茶店が今回の戦場だ。
いや、間違えた。ライブ会場だ。

 

オシャレなカフェに、夜6時頃になると、高校生や年齢層高めの3040代くらいまでの大人の人だかりが30人くらいで店内はパンパンに。

 

僕の地元の友達も来てくれて、「ああ本当にやるんだな」と実感がわいた。

 

僕のメンタルはというと、爆発しそうになっていた。

 

正確に言うと、爆発して喫茶店ごと吹き込んでライブ中止になればいいと思っていた。
けど、爆発しなかった(‘_’)なんで?

 

そしてが本番がスタート。もう口の中は、パッサパサ。

 

 

気付くと、僕は、きらびやかなステージで、大勢の人前で歌っていた。

ちょっと前の、デブ体系にコンプレックスを感じ、人に会うのが嫌で不登校で引きこもっていた頃の僕とは違っていた。

 

僕自身が高橋優に励ましてもらっていた側から、自分が大勢の人前で高橋優の曲を演奏していた。

 

不思議な体験だった。うまく表現できないけど“達成感” この一言につきる。

 

今まで感じたことのない充実感。そして、死ぬほど緊張したけれど、死なんかった。笑

 

何より“人前で演奏するという”「挑戦」に飛び込んだことが、僕にとって大きな体験になっていた。
高橋優の武道館に行ってから、わずか90日しか立っていなかった。

 

そのライブを経て自分に変化が。

“何かに挑戦したい”。

 

人前に出てもいいんだ、ということに気付いた。
もっと、誰かに聞いてもらいたい、と。

 

 

話は少し変わる。でもあとで、関連するぜえ。

 

 

高3になって心療内科の医者に休学を勧められ、僕は高校を休学した。

 

しかし、クラスの担任であった恩師は、月に1度わざわざ逆方向である僕の家に、通いに来てくれていた。

 

この先生には、感謝してもしきれない程、クソお世話になったわけだが、卒業式の前日に学校に来てほしいというのだ。

 

「キミは1年間学校こそ、いけなかったけど苦しみながら悩みながらよくここまで頑張った。だから他の生徒と同じだ。31HR全員で31HRだけの卒業式をしよう。そして、そこにはキミがいないと絶対ダメなんだ。」と。

 

なんてカッコいい先生なんでしょう。振り返ってみると、ホントに僕も普通の学生生活ではなかったけど、青春してますなあ。先生のおかげだ・・ありがたや。

 

そこで僕は、「行きますお」と1つ返事。

そして、ついでに「ギター持って行って歌いたいです!」と図々しい提案。

 

快く先生も快諾してくれ、忘れもしない22831HRだけの卒業式に向かった。

(ちなみに初ライブをしてまだ5日しか立っていない、あほや。笑)

 

 

学校の裏側の階段まで車で母親に送ってもらうと、仲の良い友達3人が迎えに来てくれる約束をしていた。

到着すると約束通り、友達が3人迎えに来てくれた。

 

 

けど、後ろにはぞろぞろと人だかりが。

 

 

 

そう。31HRのクラスメイト全員が、迎えに来てくれていた!なんて良い人たちなんだと驚きながら、パシャリと記念撮影した(´;ω;`)

そして、教室に入ると、恩師が「代表してキミに卒業証書は取りに来てもらう、最後に挨拶してほしい」と話を振られ、とくに緊張することなく

 

「今日は本当にありがとうございました、とても嬉しかったです。
僕も本当は皆と卒業したかったけど、残念ながらできませんでした。
来年僕も頑張って勉強して大学に行こうと思います。なので、これから、皆さんも頑張って下さい!」


「最後に歌ってもいいですか!?」

と僕が言うと、皆は一斉に、机を後ろに下げて、僕を円に囲む形で椅子を置いた。

 

僕は、31HRの教室、皆の前で高橋優の曲を3曲歌った。そう、歌っていた。

 

元不登校の僕が。そして、クラスの15人半数以上の子が、泣いてくれていた。

歌いながら、なんか客観的に「ああ、この期間辛かったのは僕だけじゃなかったんだ」と感じていた。担任の招いてくれた先生も後ろで泣いていた。

 

僕にとって、最大級の青春だった。本当に一生の宝物だと思う、うん。

それもこれも、高橋優に僕が出会っていなかったらこうはなってなかった。

つまり、自分の身の回りに起こった全てのことが結果的に良い方向に持って行ってくれた。人生レベルで価値観も変わったし、本当に僕にとって貴重な体験の連続だった。

最後のヤバいエピソードはコレだ!